長尾 義人(本学非常勤講師,元教授)
私たちを取り囲む自然の中で、鳥たちのさえずりは、多くの作曲家によってその音楽の中に取り入れられています。特に西欧の「十字軍の時代」と呼ばれる11世紀から13世紀の頃、フランスやドイツの騎士や貴族たちの中に優れた歌人達が登場し、単旋律の世俗歌曲を生み出しました。恋愛に係る歌が多いのですが、中には美しいさえずりを聞かせてくれる鳥たちを歌った歌もあります。寒い冬から春の暖かさの気配を伝える5月の鳥のさえずりは、歌人ではなくとも人々の心を和やかにして、春を彩る音の風景であったとのでしょう。特に、ナイチンゲール(日本では「夜うぐいす」「小夜鳴鳥」)と呼ばれるメロディアスに歌う鳥は、多くの音楽家たちの耳に麗しく鳴り響いていたようです。17世紀フランスの作曲家フランソワ・クープラン(1668-1733)は、クラヴサン(フランスでのチェンバロの呼び名)曲集で「恋の夜うぐいす」という題名の曲を書いています。ほぼ同時期にイタリアのベネ ツィアで活躍していたアントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)も有名なヴァイオリン協奏曲集「四季」の最初の「春」では、麗らかな春の訪れをヴァイオリン独奏による鳥のさえずりはよく知られています。
彼ら以前にも「鳥の歌」と名付けられた音楽があります。その作曲家は、15世紀後半から16世紀にかけてフランスでシャンソンと呼ばれる世俗多声歌曲で知られるクレマン・ジャヌカン(1480頃 -1558)です。この「鳥の歌」の中には、言葉と鳥の声が歌われるのですが、特に鳥の声は、その鳴き声を声帯模写的に賑やかに歌われます。この作曲家は、様々な描写的音楽を作曲しています。この作品の他には、戦いの情景を描いた「戦争(マリニャーノの戦い)」や当時のパリの賑わいを描いた「パリの物売りの声」などがあります。まさにパリ郊外の森の中の鳥たちと都市の人々が活写されていてとても面白い作曲家です。
一方、17世紀ドイツの偉大な学者であったアタナシウス・キルヒャー(1601-1680) は、その学者的聴覚で鳥の声を示しています。(図参照)ここには数種の鳥の鳴き声が音符で付けられています。上方の音符はナイチンゲールの鳴き声です。また、下方右端のオウムは、鳴き声でなくギリシャ語で挨拶の言葉を語っています。
生活環境が未だクリアに多様なサウンドを聴かせていたくれていたこと、そして自然の奏でるサウンドに音楽を聴くことのできた豊かな世界がそこにあったのでしょう。もう一度鳥の声や虫の音を聴くことは、音の世界を豊かにしてくれるでしょう。